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家出をしたくなったことはありますか(後編)

更新日:2023年9月13日

この記事は「家出をしたくなったことはありますか」前回の続きになります。

私がそこへ行くのは1年ぶりほどだった。清潔感のある内装、柔らかい光の差し込む部屋。私はそこで日々の身体の不調を整体師の先生に伝えながら、私の身体の様子を観察してもらった。どうやら、身体は全身がちがちで、頭も硬くなっていた。腰の痛みを訴えているのに、全身を整えるため、なぜか、頭部や腕など、痛みの箇所とは無縁に見える場所からほぐして調整していく。


私は、整体の先生に、ぽつりぽつりと、今の自分自身の状況を語り始めた。

「私、この1年、ずっと家に籠もって朝から晩まで家事を含めて、色んな仕事をしているんです。仕事は良いんです。私の仕事だから。でも、家事は誰も助けてくれないし、手伝ってもくれない。ありがとうも言ってくれないんです。」

「それは、頑張ってますよね。旦那さんは手伝ってくれないの?」

「全くやってくれないわけではないんですが、気が付くとスマホを見ていたりすることもありますし。何より、子供達の喧嘩も絶えませんし、そのたびに私が怒ってしまうし。ふざけるなーって思います。」

「それは辛いよね。」

「頑張っていないわけでは無いんです。夫も私も。だけど、ご飯を作ってもありがとうもいわない、箸やお膳も並べない。私、結構、ちゃんと朝ご飯も作るんです。トーストだけ出すにしても、ツナを乗せて焼いたり、フルーツをカットしたり。そういうのを作っても当たり前のようにして食べている。夕飯もそうです。誰もありがとうって言ってくれない。」

「・・・それは言って欲しいですね。ありがとうって。僕が巌さんのご飯を食べたら、凄く嬉しいだろうと思いますよ。」

と、とにもかくにも、私が発する内容に呼応し、傾聴していく。おしゃべりが終盤に差し掛かった頃「そうかー。でも、こうやって旦那さんとも話せればいいのにね。」と言われ、ハッとした。



いつも不機嫌で、文句ばかりで、本当に伝えたいことを伝えられない、うまく伝えるように話せていないのでは・・・という気持ちが押し寄せてきた。それでいて、私は「自分の機嫌は自分で取る」というルールを敷いているにも関わらず、私自身の気持ちを癒やす術を真に持ち合わせていなかったのではないか、と。不機嫌の心のガンが、私自身の中にある。


家族というのは、集合体で、個々の生命体から成り立っている。自分と家族で有りながら、その考えも性格もまるで異なる。それを前提としなければ、生きていくのが辛くなってしまうのではないか。人は怒りを持った人間には、恐れや不安を抱き、本当に思っている感情は押し殺してしまうものだ。どこかのお坊さんが「人は優しい人には優しくするものであり、大事にしたいと思うものです。だから、自分も他人に優しくなりなさい。優しくすれば大事にされるから」と言っていたのを思い出した。


私はおそらく、家族に大事にされたいのだろう。大事にされるためには、優しくなるということだ。ただ、それは甘やかすとは違うのだ。自分の要望や、苦しい点について冷静に受け止め、それを冷静に伝えていくことこそ、私自身が心地良く過ごす方法だ、ということを、整体に行ったことで悟った。



ただ、優しくなると言うのはこれまで、怒りを抱えてきた私にとってはとてもハードルの高いことだ。まずは自分自身に余白を作ってやることが大事だ。自分自身が、これまで我慢していたり、しなかったことをやってみることが大事だ。自分を大事にしなければ他の人間に優しくなるなんてことは難しい。

だから、暫くは自分に癒やしを自ら与えることにした。


余白を作るには棄てることだ。そうだ。手放そう。色んなモノを手放そう。いきなり思い立って、要らなくなった不要品を漁り始めた。もう着ない年相応でない服。子供が使っていないぬいぐるみ。使わないコスメ。


今度家出をしたい、という想いに駆られた時には、何が原因になるだろうか。また同じモヤモヤで、家出をしたくなったら今度は、ハイアットリージェンシーにでも宿泊するしかない。

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